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‎7月1日朝7:00〜  大飯原発を封鎖します。
 
 
[2012/06/28 16:45]
 
 


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7月1日 大飯原発を封鎖します。
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大飯原発ゲート前にて、
再稼働への抗議のための座り込みを行います。
大飯を突破口とした
各地の原発の再稼働に反対するために
、全国からの総結集を呼びかけます。

7月1日、朝7:00〜大飯原発ゲート前座り込み開始

集合場所:関西電力(株)「大飯発電所エル・パークおおい」
住所:福井県大飯郡おおい町大島40

▼Google Mapで見る
http://goo.gl/maps/tNQm


前日の6月30日、午後1時〜3時に、
あみーシャン大飯ふれあいホールにて
STOP原発再稼動!おおい集会とデモが行われます。
前日からの現地入りを歓迎いたします。

東京・京都・福岡発、バスツアーがあります
※バスツアーは先着順ですのでお早めに申し込みください。


詳細は
●PCサイト
http://www.nihon.jpn.org/nonukes/


●モバイルサイト
http://www.nihon.jpn.org/nonukes/mobile.html




★★★情報を広めてください!★★★

7月1日当日は世界から報道機関が集まり、
ネットなどで生中継が配信されます。




















 
 
 
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この記事に対するコメント:
 
 
疑問?
発電所の入り口前でやるのか?
最悪、警察のお世話になるような事が
ないように・・・・・
[2012/06/28 22:25] URL | 愛国者 #- [ 編集]

ご一読ご検討ください。
2012年7月5日原発再稼働を直ちにやめて下さい!私たちの命を奪わないでください!

野田首相、関西電力、嘉田滋賀県知事、山田京都府知事、門川京都市長、橋下大阪市長、矢田神戸市長ら各位  
           2012年7月5日命を守りたい患者会
電話=09011446818keizirou.hushimi@hotmail.co.jp
(連絡先=京都伏見東郵便局私書箱26号京都生協の働く仲間の会気付け) 

私たちは、原発爆発で病院が奪われ、医療を奪われ、患者が、入院患者が、次々と殺されるという大虐殺を目にしてきた。東京電力と国らは、この大虐殺の張本人だ。絶対に許せない。にもかかわらず、今日、国と関西電力らは、大飯原発の再稼働を決定した。こんな大虐殺宣言、大虐殺戦争の宣戦布告を絶対に許せない。私たちは、必ず、大飯原発再稼働を阻む。原発再稼働を直ちにやめて下さい!私たちの命を奪わないでください!
特に、橋下徹大阪市長らは、次のように言っています。全くひどい。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/120616/wec12061617190010-n1.htm
「橋下大阪市長「関西は助かった。停電なら人命にリスク」
2012.6.16 17:15 [節電・原発]
 政府による関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)再稼働方針の決定を受け、大阪市の橋下徹市長は16日、「実際に停電になれば自家発電機のない病院などで人命リスクが生じるのが大阪の現状だ。再稼働で関西は助かった。おおい町の人たちに感謝しなければならない」と述べた。」
しかし、橋下市長は、「死亡した50人=福島・双葉病院の悲劇―原発事故避難での寝たきり患者」については、一切触れていない。全くひどい。
大飯原発事故は、福島原発事故とは違う。その爆発による放射性物質バラマキは、偏西風に乗って、福島の場合は、多くが海に流れた。が、大飯原発爆発では、そのほとんどが、福井、京都、滋賀、更には、関西全域、岐阜、愛知、三重、静岡などに流れ、関西1400万人、更に多く、3000万人以上の人々が、被曝大虐殺を強要される。
京都舞鶴市では、101の病院があり、国立病院機構舞鶴医療センター 、岸本病院 、市立舞鶴市民病院、東舞鶴病院、舞鶴赤十字病院、舞鶴共済病院などが重大被曝をする。南丹市では、43の病院があり、園部丹医会病院 (内科、神経内科 ほか6科目)、公立南丹病院 (内科、精神科 ほか24科目)、明治国際医療大学附属病院 (内科、神経内科 ほか14科目)などが重大被曝をする。
京都市では、5月26日の京都新聞の発表でさえ、コンクリート建屋内に避難するとされている北区で240、右京区で257の病院が、重大な被曝をすることになる。
北区で、京都博愛会病院、城北病院、洛北病院、京都北野病院、社会保険京都病院、京都地域医療学際研究所附属病院などの総合病院を先頭に、である。
右京区で、社会医療法人和交会 太秦病院、河端病院、京都市立京北病院、国立病院機構宇多野病院、西京病院、嵯峨野病院、高雄病院などの総合病院を先頭に、である。
「停電になれば自家発電機のない病院などで人命リスクが生じるのが大阪の現状だ。」などというが、それこそ、そのために緊急に対策をとるべきである。一体軍事費など、5兆円ある。人民を守るために、戦闘機も、ミサイルも、軍隊も、いらない。その金を、人を救うため、病院を救うたま、自家発電機を買うために使えばいい。この事を、原発爆発の被曝大虐殺強要正当化の理由にするなど、絶対に許さない。以上について、7月10日までに誠意ある回答を行う事を強く求める。

1、
福島県の東京電力福島原発爆発での双葉病院での多数の患者大虐殺を許せない。私たちは自分の問題として、深刻に考え、強く抗議する。(写真=双葉病院からバスで搬送された患者に防護服姿で声を掛ける医師や看護師=16日、福島県二本松市)
3、
この点をNHKは次のように報じている。
「死亡した50人=福島・双葉病院の悲劇―原発事故避難での寝たきり患者」
福島第1原発から5キロにある双葉病院と病院が運営する介護老人保健施設で、3月の事故直後に起った。
移動バスの中で「座ったままなくなっていた」
双葉病院と施設には180人の患者がいた。多くは寝たきりや介護が必要な高齢者。本来、移動はできない人ばかりだ。そこへ3月11日、 いきなり政府の緊急避難指示が出た。スタッフは院長以下17人だけ。バスが来たのは12日。まず自力で歩ける患者を送り出した。その直後に1号機が爆発した。
病院は患者を自衛隊員に託す。混乱の中で13日から翌未明にかけて4人が亡くなった。避難先は30㌔離れた保健福祉事務所。すでに他の施設からの高齢者が800人もいた。そこで20キロ南のいわき市の高校を目指したが、20キロ圏内は通行禁止で、バスは大きく迂回して200キロを6時間をかけて走った。
この移動と到着後に46人が亡くなった。
出迎えた看護師は「座ったまま亡くなっている人が真っ先に目に入った」という。点滴の管理もなく、タンの吸入もできず、水分の欠乏、ショックなどだった。」と。
まさに、東京電力原発爆発は、寝たきりや介護が必要な高齢者、患者から病院を奪い、ベッドを奪い、薬を奪い、点滴の器具、タンの吸入の器具など、医療器具を奪い、水を奪い、空気を奪い、食料を奪った。そして、大虐殺を行った。弱者、患者、寝たきり、身動きできない患者に大虐殺を行った。
それなのに、今、国と関西電力らは反省するどころか、原発再稼働を決定し、その行動に入った。私たちは、患者仲間は原発再稼働絶対反対だ!」
3、
病院によると避難中に亡くなった患者は計4人。重篤な患者だったが、転院先で亡くなった人も複数=3月11日双葉厚生病院での原発爆発での大虐殺!
原発から4キロ、双葉厚生病院の苦闘/災害弱者、置き去り
東京電力福島第1原発事故で、避難区域内に取り残されたのは、入院患者や老人ホームの入所者らが殆どだった。原発の北西約4キロにある双葉厚生病院(福島県双葉町)は全入院患者136人の避難を余儀なくされ、避難中に重症者4人が死亡した。原発事故の脅威は、真っ先に災害弱者に襲った。
◎院長「病院ごと避難、想定外」 昨年3月12日午後2時すぎ、全員避難を決断した。この日早朝、政府は避難指示区域を3キロ圏から10キロ圏に拡大。病院に来た警察官に避難を促されたが、「重症者や寝たきりの患者は無理に移動させると容体が悪化しかねない」(重富院長)と考えた。比較的症状の軽い患者だけを避難させ、重症者と職員らは病院にとどまっていた。
<追加 間に合わず>
避難のための自衛隊ヘリは、近くの双葉高グラウンドから飛び立つことになった。車で病院と双葉高を往復したが、重症者は4人がかりでマットごと運ばなくてはならず、時間がかかった。そんな時、大きな爆発音が響き渡った。グラウンドにいた同病院の山岸事務局次長(50)は南東方向の空に白い煙が上がるのを見た。午後3時36分、1号機原子炉建屋の水素爆発。間もなく、空から白いあられのようなものが降ってきた。「ヘリはまだか」。山岸さんはおびえながら願うしかなかった。夕闇が広がったころ、県災害対策本部が手配したヘリ計7機が到着したが、全ての患者を乗せることはできなかった。
双葉高には病院関係者のほか、近くの老人ホーム入所者や、避難が遅れた近所の住民も集まってきた。
重富院長はヘリの追加派遣を要請したが、その日は間に合わず、患者16人と職員9人は、双葉高の茶道室で一晩を過ごした。
この夜患者1人が息を引き取った。
 ヘリに乗った医師・看護師は、人工呼吸器を使用していた患者に「アンビューバッグ」と呼ばれる袋状の器具で酸素を送り続けた。地上を見下ろすと、浜通りから避難する車のライトで光の帯ができていたという。避難場所は二本松市と聞かされていたが、3機のヘリは陸上自衛隊霞目駐屯地(仙台市)に着陸した。患者と職員は放射線のスクリーニングを受けた後、コンクリートの床の部屋で夜を明かした。
この間、2人の患者が亡くなった。
<尊厳ある最期を> 
双葉高に残った患者・職員は翌13日午前に救出された。だが、先に出発した軽症者らは原発から約11キロ地点の老人ホームに降ろされ、病院側が数日間、所在を確認できなくなるなど、混乱は続いた。
病院によると、避難中に亡くなった患者は計4人。
重篤な患者たちだったが、転院先で亡くなった人も複数いるという。重富院長は。「原発事故の際、被ばく傷病者を受け入れることは想定していたが、病院ごと避難するとは考えてもみなかった。事故が起きたときのことを考えると、原発のそばに大規模病院や福祉施設は置かない方がいい」(2012年04月22日河北新報)
以上について、必ず、7月10日までに誠意ある回答を行う事を強く求める。以上。
[2012/07/05 23:05] URL | 命を守りたい患者会 #- [ 編集]

 
 
 
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